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名古屋地方裁判所 平成3年(ワ)2065号 判決 1993年8月27日

主文

一  反訴被告は反訴原告に対し、金一七三万二五二〇円とこれに対する平成二年六月一六日から右支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は三分し、その二を反訴原告の、その余を反訴被告の各負担とする。

四  この判決は、反訴原告の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

反訴被告(以下「被告」という。)は、反訴原告(以下「原告」という。)に対し、六四七万円及びこれに対する平成二年六月一六日から右支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が左記一1の交通事故の発生を理由に被告に対し、自賠法三条ないし民法七〇九条により損害賠償請求をする事案である。

一  争いのない事案

1  交通事故

(一) 日時 平成二年六月一五日午後七時一五分頃

(二) 場所 瀬戸市松原町一丁目三六番地先路上

(三) 加害車 被告運転の普通乗用自動車(岐阜五三の三一)

(四) 被害車 原告運転の軽四輪貨物自動車(尾張小牧四〇ち七〇〇九)

(五) 態様 前記場所の交差点南西角の中華飯店「一番」の西にある駐車場に入るため一時停止した被害車の後部に加害車が追突したもの。

2  責任原因

本件事故は、加害車を運転する被告が前方不注視を怠つて、被害車が停車しているのを発見するのが遅れたことにより発生したものであり、かつ、被告は、加害車を自己のために運行の用に供する者であつて、被告に自賠法三条ないし民法七〇九条の責任がある。

二  争点

被告は、本件事故はバンパーの変形が発生したか否か警察官にもわからなかつた程の軽微な衝突事故であつて、原告に受傷の事実はないとして、原告が主張している損害の発生を争つているほか、仮に何らかの損害が生じたとしても、被害車が加害車の直前で停止したために本件事故が起きたものであつて、原告の過失は七割を下回ることはないとして、過失相殺の抗弁を主張している。

第三争点に対する判断(成立に争いのない書証、弁論の全趣旨により成立を認める書証については、その旨記載することを省略する。)

一  乙一、乙二の一ないし三、乙三の一ないし五、乙四の一・二、乙一二の一・二、乙一三、乙一四、反訴原告(第二回)によると、原告は、本件事故の翌日に青山病院の診察を受け、次いで、平成二年六月一八日に公立陶生病院の眼科及び整形外科で受診し、同月二一日の再診を経て、同月二八日から翌七月一八日まで二一日間右病院で入院による治療を受け、その後は七月二四日から翌三年六月一〇日まで森川整形外科医院での通院(通院実日数二一四回)による治療を受け、続いて山口病院に転院し、平成五年一月一一日現在で同病院では入院一〇七日、通院実日数一五二日に及ぶ治療を受けた。

二  甲一の一ないし九、甲二の一・二、甲三・甲四の各一ないし三、甲五、甲八の一ないし三、乙一、乙二の一ないし三、乙三の一ないし五、乙四の一・二、乙八、乙九、乙一二の一・二、証人浅野守行、反訴原告(第一、第二回)、反訴被告、鑑定人小幡亨の鑑定によると、次の各事実を認めることができる。

1  原告は、被害車を運転して北進し、前記争いのない事故現場の信号機のある交差点で左折したうえ、同交差点南西角の中華料理店(原告方の経営)の西にある駐車場に入るために左折しようとしたところ、たまたま同駐車場から知人の運転する自動車が出てくるのを認めたので駐車場の手前の路上で停車し、右自動車に先に出るよう合図して待つていたところ、間もなく自車の右後部付近に加害車が追突してきた。他方、被告は、加害車を運転して南進し前記交差点に至り、同交差点で右折西進しようとしたのであるが、対向の被害車が先に左折西進を始めたので軽くブレーキを踏んで減速し、被害車に後続して右折西進していたところ、先行の被害車が前方で停車したのを認めたので危険を感じて右にハンドルを切るとともに急ブレーキをかけたのであるが、既に及ばず自車の左前部を被害車の右後部に追突させるに至つたものである。ところで、被告の立会いで実施された実況見分によると、加害車が追突した位置は、別紙交通事故現場見取図の<×>点であり、追突によつて加害車、被害車とも全く移動していないことになつているが、原告は追突の瞬間に身体が後方に戻されたように感じており、被告も加害車の追突によつて停車していた被害車が少し前に移動したように感じているばかりか、被害者が急停車したので危険を感じて被告が急ブレーキ等をかけたときの被害車の位置は前記見取図の<イ>点であり、したがつて被害車の急停車位置は右<イ>点であり、追突位置も同じく右<イ>点であつたとみることも十分可能であり、追突直後の加害車の位置が前記見取図<3>点であり、被害車のそれが同<×>点であるとすれば、追突事故後に加害車も被害車も前方に移動していることにもなる。

原告の搭乗する被害車は軽四輪自動車であるが、加害車は四輪駆動の比較的頑丈な自動車であつて、本件事故によつて被害車は後部トランクの開閉ができなくなるなど修理に三万円余を要する損傷を受けたが、加害車は左前バンパーの破損のほかには損傷はなかつた。また、加害車の被告や被害車に同乗していた原告の子供には特に怪我はなかつた。

2  原・被告らは、本件事故に遭うも特に外傷はなく、身体の異常も認めなかつたので、いわゆる物損事故であるとして、それぞれ自車を運転して最寄りの警察署に赴いて事故届をし、加害車と被害車の損傷程度等につき実況見分を受けたに過ぎなかつた。ところが原告は、翌日になつて頸部に異常が生じたとして青山病院で受診したが、レントゲン検査に異常は認められず、頸部挫傷の診断を受けた。原告はその後も頸部の異常が続き、加えて左眼も神経がパチパチして涙が出るなどの症状を訴え、平成二年六月一八日、公立陶生病院の眼科及び整形外科で受診したのであるが、眼科の異常はなく、整形外科でも頸椎にレントゲン検査による異常はないとして頸部挫傷との診断名のもとに右同日と同月二一日の再診時とも抗炎剤(内服、外用)の投与を受けたのみで格別の治療も検査も受けていない。しかし、原告は、同月二八日、頸部痛、左上肢の痺れ感が除々に増悪し、起立も困難気味であるとして、自宅での安静が難しいとの理由で入院を希望し、右同日、主として安静と牽引を目的に入院を許可され、退院の翌七月一八日まで抗炎剤等の投与や点滴注射、介護牽引の処置を受け、疼痛は除々に軽減してきたのであるが、原告の公立陶生病院で治療期間中の主訴、症状は、頸部痛、右頸背部痛、右頸肩部痛、頸椎痛(伸展時)、僧帽筋圧痛、左上肢痛、左腕骨反射低下、左上肢痺れ、左目と左耳の異常、悪心、右上肢痛、頭痛、頸部倦怠感、右上肢の痺れ、顔面掻痒感、全身倦怠感、右上肢の静脈瘤、右上肢倦怠感、下半身痛、腰痛、右骨部痛、下半身の痺れ等その部位、内容は極めて多岐にわたり、しかも原告の訴える症状も日毎に変化しているのがあることもあつて、担当医師は心因性疾患を疑い、退院後の治療は理学療法もリハビリも必要でなく、約二週間後の来院を指示したのみであつた。しかしながら原告は、公立陶生病院には退院後は通院せず、七月二四日から森川整形外科医院に通院を始めた。原告は、右医院でも項(頸)部痛、頸部の伸展痛、頭痛等を訴え、精神安定剤、消炎、鎮痛・解熱剤等の投与を受けるとともに、牽引、温熱療法等の理学療法を受け、一年近くも治療を継続したのであるがほとんど症状の改善はみられないばかりか、その間にも頸部痛、胃痛、頸肩部の痺れ等の新たな症状さえ訴えている。原告は、平成三年七月二二日に山口病院に転院し、以来二年近くも入・退院による治療を受けているが、同病院での診断名や治療経過の詳細は証拠上明らかでない。

3  鑑定人は、原告の前記の各症状はいずれも本件事故によつて生じたものでない旨の鑑定をなし、その根拠として、主に原告の搭乗する被害車が加害車の追突によつて前方に移動していないことと追突時の加害車の速度及び治療経過などを挙げている。

三  以上の認定事実を総合して考えると、本件事故は、交差点で減速のうえ右折進行中の加害車が前方で停車している被害車に追突した事故であり、その事故態様、両車の事故よる損傷程度、原告の他に受傷者がいないこと、当初は物損事故扱いになつていること等からすると、原告が本件事故によつて受けた衝撃はそれ程大きなものでなかつたと窺えるのであるが、原告が事故後に訴えている症状や治療内容等に照らすと、原告が本件事故によつて全く受傷していないものと断定するのは相当でなく、この点に関する鑑定結果は、必ずしも証拠上明らかでない追突時の加害車の速度を停止直前に近い速度であり、追突によつて被害車も全く前方に移動していないことを前提にし、これを主たる根拠にして結論を出しており、到底直ちには採用できるものではない。しかしながら、原告の治療内容と経過をみるに、原告が本件事故の際に受けた衝撃は事故態様からみてもそれ程大きくなかつたものとみられ、また、レントゲン検査等の諸検査によるも頸椎等には異常が認められないなど他覚的所見はないにもかかわらず、原告の訴える症状は、極めて長期間に及ぶ入・通院による治療にもほとんど改善はなく、訴える症状も次々と変化して現在に至つていることを考えると、原告の訴える諸症状は、原告の心因的要因ないしは本件事故とは無関係に発症したとみられる他の疾病にも大きく影響を受けているものとみるのが相当であり、原告の本件事故による損害の算定に当つては当然右の事情も斟酌されるべきものと考えられる。したがつて前認定の本件事故の態様車両の損傷程度、怪我人が他にいないこと、事故当日は病院での受診はなく、入院までの一三日のうち通院は三回のみであり、入院も主として安静を目的に原告が希望して入院したものであること、その他治療内容等の事情を考え、原告の本件事故による傷害の治療は、せいぜい二か月の入・通院による治療をもつて足り、その後の治療は本件事故とは相当因果関係にないものとみるのが相当であると考える。

四  原告の蒙つた損害につき検討する。

1  治療費(請求一三一万六〇〇〇円) 七六万三九七一円

乙二の二、乙三の二、乙五の一・二、乙一二の二によると、本件事故の日から二か月間の治療費は、公立陶生病院の治療費(文書料を含む。)が七六万〇二六五円であり、森川整形外科医院の治療費が三七〇六円(同医院の通院二一四回分の治療費が七万二〇九〇円であるので、右期間中の通院回数一一回分を日額計算した。)であることが認められる。

2  雑費(請求三五万三〇〇〇円) 三万二二〇〇円

入院雑費は入院一日当たり一二〇〇円、交通費等通院雑費は通院一回当たり五〇〇円とみるのが相当であるところ、前記二か月間の入院は二一日、通院は一四回(青山病院一回、公立陶生病院二回、森川整形外科医院一一回)であるから、雑費は三万二二〇〇円となる。

3  休業損失(請求二六七万七〇〇〇円) 三八万六三四九円

乙一〇の一ないし三、反訴原告(第二回)弁論の全趣旨によると、原告は、本件事故当時三八歳の女性であり、当時家業の中華料理店を手伝うほか、昼間は日比野外科にアルバイトで勤めて看護婦の仕事をしていたものであるが、本件事故に遭つて一か月は全く就労ができず、残る一か月も通院等によつて就労は五〇パーセントは制限されたと認めることができる。そうすると、原告は、本件事故に遭うことがなかつたならば、少なくとも平成二年度における産業計・企業規模計・学歴計の三八歳の女子労働者の平均年収三〇九万〇八〇〇円(一か月二五万七五六六円)に相当する収入を得たであろうことが推認できるので、前記二か月間の休業損失は三八万六三四九円となる。

4  慰籍料(請求二〇〇万円) 四〇万円

記録に顕われた受傷の部位、程度、入・退院期間等一切の事情を考慮すると、右金額が相当である。

5  弁護士費用(請求五〇万円) 一五万円

原告が被告に対し、本件事故と相当因果関係にある損害として賠償を求め得る弁護士費用は右金額をもつて相当と認める。

五  過失相殺について判断する。

被告は、本件事故は原告の過失もあいまつて発生したものとして過失相殺を主張するのであるが、全証拠によつても、原告に後続車の動静を無視した理由のない急ブレーキ操作或いは不必要、不適切なブレーキ操作をしたなどの過失は未だ認められず、かえつて、本件事故は被告の前方不注視と車間距離不保持等の過失によつて起きたものであると認められるので、被告の過失相殺の主張は採用しない。

六  以上の次第により、原告の本訴請求は、一七三万二五二〇円とこれに対する本件事故の翌日である平成二年六月一六日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 大橋英夫)

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